博士号取得後の雇用機会の創出
ネットで話題のこの記事。
https://biomedcircus.com/research_02_79.html
この話には半分同意し、半分は異なる意見です。
私は、研究者(PhD)はスポーツ選手や音楽家、芸術家に近い職業だと思っています。並外れた才能、努力、そして強運がなければ生き残れない。日本の研究環境が厳しいのは事実でしょうが、研究の道とは本来そういうものだとも思います。今を生きる人のためというより、未来の人々のための仕事だからです。
ただ、最大の問題はそこではない。生き残りの競争から振り落とされた人たちの受け皿が、あまりにも少ないことです。40代以降に研究職を失ったとき、その先の生きる道が十分に設計されていない。
私は以前から、医学部を20%まで縮小し、残り80%を大学卒業後のメッドスクールに振り分けるべきだと考えてきました。そして、メッドスクールを目指す学生には基礎医学講座の履修を必須とする。そのために国から大学への支出を増やし、多くの大学が基礎医学教育を担える体制をつくる。その中で、博士号取得者の常勤教員としての雇用機会を大幅に増やすべきだと思います。
例えば、100校の医学部薬学部を持たない大学に、解剖学、生理学、生化学、免疫学、薬理学、微生物学、病理学を設置し、各分野に教員を2人ずつ配置すれば、1400人分の常勤教員ポストを創出できます。
そうすれば、研究の競争からこぼれ落ちた優秀な人材を失わずに済む可能性があがる。私は、その仕組みを作ることこそ日本に必要だと思っています。
アメリカに挑戦する若手医師へ
2009年、今から17年前、アメリカにポスドクとしてネバダ大学に来た時、他ラボの教授にこう言われた。
「君は臨床医だよね。ここは電気生理学の研究室だけど、経験はないんでしょ。誰も教えてくれないよ。」
2021年、今から5年前、アイオワ大学に来た時、今の専門分野であるGI motilityのDirectorにこう言われた。
「君はGI motilityの経験がないんでしょ。Fellowじゃないんだから、誰も教えてくれないよ。」
日本では、米国の医学教育システムは素晴らしいと語られがちです。
それ自体は間違いではないと思います。実際、体系化された教育の仕組みはあります。
ただ一方で、そこにいるだけで誰かが手取り足取り育ててくれる、というほど甘くはありません。
特に、すでに一人前として見なされる立場で入ると、待っていても誰も教えてくれないことは珍しくありません。
自分で勉強し、自分で観察し、自分で技を盗み、自分で修練していく。
そうやって自分の価値を示していかなければ、なかなか道は開けません。
アメリカで生き残るには、受け身では厳しい。
自分から取りに行く姿勢、自分で学び続ける姿勢、環境に合わせて自分を鍛え続ける姿勢が必要です。
肩書きや過去の実績があっても、新しい場所ではゼロから見られることもある。
だからこそ、最後にものを言うのは、自力で積み上げた実力だと思っています。
でも、見方を変えれば、そこがこの環境の面白さでもあります。
最初から優しく迎えられなくても、結果を出し続ければ評価される。
簡単ではないし、理不尽さを感じることもある。
それでも、そこで食らいついて身につけた力は、確実に自分のものになります。
これからアメリカに挑戦したい若手医師に伝えたいのは、
「教えてもらうことを前提に来ない方がいい」ということです。
受け身で来ると苦しい。
でも、自分の力で学び、自分の足で立つ覚悟があるなら、これほど鍛えられる場所もないと思います。
誰も教えてくれないなら、自分で学べばいい。
経験がないと言われるなら、経験を積んで結果で示せばいい。
アメリカは決して甘い場所ではありません。
でも、その分、自分を大きく変えられる場所でもあります。
ネバダ大学では、結局、上記の言葉を吐いた教授に何度も何度も頭を下げて食らいつき、自分の情熱を伝え続けた末に、最後はパッチクランプを教えてもらえることになりました。
その結果、パッチクランプを習得することができ、今の研究につながっています。
アイオワ大学では、教科書を読み、過去の読影を読み漁り、自分なりに電気生理学の基礎知識も応用しながら学び続けました。
そして今では、私自身がDirectorとなり、すべての読影とFellowの教育を担っています。
道がないなら、自分で切り拓く。
その覚悟があれば、きっとアメリカで生き残っていけると、私は信じています。
新たなる挑戦へ
医師になって今年で28年。
でも、28年前には今の人生を全く想像していませんでした。
1998年に国家試験に合格した時、
消化器外科医の叔父の影響もあり、
日本で消化器外科医として働く未来を思い描いていました。
ところが、実際の人生は違いました。
分岐点に立つたびに、
「一番面白そうな道」を選ぶ。
そして、その道で全力を尽くす。
それを繰り返してきた結果が、今です。
振り返ると、私が大事にしてきたのは
シンプルにこれだけでした。
楽な道ではなく、面白そうな道へ。
難しそうでも、辛そうでも、面白そうなら挑戦する。
人生は計画通りにはいかない。でも、面白い方向には進める。
28年前には想像もしなかった人生ですが、
後悔は一度もありません。
そろそろ、また次の挑戦へ。
楽しみです。
人生に意味はあるのか
人生って、「意味がない」と考え始めると、すべてが無意味に見えてくる。でも、「意味がある」と考え始めると、どんな出来事にも意味を見つけられるようになる。
せっかく与えられた命を生きるなら、世界に意味を見つけながら生きたほうが、きっと面白い。
ただ、すべての意味が同じ重さとは限らない。自分は何を大切にしたいのか。何に時間を使いたいのか。本当に意味が大きいと思えるものに時間を使い、そうでないものには時間を削る。
人生の意味は最初から決まっているものではなく、自分の時間の使い方で少しずつ形になっていくものなのかもしれない。
だから結局、人生の意味を決めるのは、「自分が何を大切にして生きたか」なんだと思う。