とまらぬ亀の轍

何をするにも鈍間な筆者が、歩み続ける足跡を綴っていきます。

Kurahashi Labの研究の紹介

こんにちは。

 

私の研究室でどんな事に取り組んでいるのか、このブログで紹介させて頂きます。 

 

1. 現在の研究テーマ

現在の研究テーマは簡単に言えば、私が以前所属していたUnversity of Nevada Reno, Department of Physiology and Cell Biologyが40年近くかけて確立した消化管筋層運動の最小単位であるSIP syncytium(SIP合包体)の消化管運動生理及び運動障害病理における役割を明らかにする事です。では、詳しく説明します。

 

a. SIP syncytiumって何?

SIP syncytiumとは、平滑筋(Smooth muscle cells)、カハールの介在細胞(Interstitial cells of Cajal)、PDGFRα陽性細胞(Platelet derived growth factor receptor α + cells)から構成されるGAP junctionを介して電気的に結合した合包体の名前で、各細胞の頭文字をとって名付けられました。下のスライドをご覧ください。

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消化管筋層(このスライドでは大腸を示しています)では、神経繊維は平滑筋細胞に直接的に接しておらず、二種類の介在細胞が神経繊維と平滑筋細胞の間に介在している事がわかると思います。この二つの介在細胞は神経繊維や神経細胞を包み込む様に全消化管筋層に分布しており、解剖学的に神経伝達物質を第一に受け取る位置に存在しています。そして、神経伝達物質を受け取ると、カハールの介在細胞は脱分極、つまり内向き電流を引き起こす機構を持っており、PDGFRα陽性細胞は過分極、つまり外向き電流を起こす機構を持っていて、その電流はGAP junctionを介して平滑筋に伝わり、それぞれ脱分極→筋収縮、又は過分極→筋弛緩を引き起こします。つまり、平滑筋細胞は、それ自身だけではなく、カハールの介在細胞とPDGFRα陽性細胞という二つの介在細胞と一緒になって平滑筋層の収縮や弛緩を制御する機構を構築している事が、我々の長年の研究でわかってきました。その機構が、SIP syncytiumなのです。以下のスライドが、SIP syncytiumの模式図です。

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カハールの介在細胞に存在する脱分極を引き起こす機構がANO1というイオンチャネルで、カルシウム作動性塩素チャネルであり、PDGFRα陽性細胞に存在する過分極を引き起こす機構がSK channelsでカルシウム作動性カリウムチャネルです。これらのイオンチャネルが細胞膜に大量に発現しており、細胞内カルシウムの上昇に反応して強い電流を引き起こすのです。

 

b. SIP syncytiumを研究すると何が分かるの?

現在まで、平滑筋細胞が神経伝達物質やホルモンなどの全ての体からの信号を直接受けて消化管の運動を制御すると考えられてきました。しかし、その古い概念では、同じ神経伝達物質やホルモンが、時には消化管運動を亢進し、時には抑制するという現象を説明する事ができませんでした。ところが、我々のSIP syncytiumとう概念の確立により、同じ様に細胞内カルシウム濃度を上昇させる伝達物質であっても、受容体がカハールの介在細胞に発現していれば消化管運動を亢進させ、受容体がPDGFRα陽性細胞に発現していれば消化管運動を抑制させる事ができることが分かってきました。つまり、SIP syncytiumを構成する三種類の細胞の受容体発現を詳細に調べ、その働きを電気生理学的に調べる事で、神経伝達物質やホルモンがどの様に消化管運動を制御するのかをより詳細に解明する事ができるのです。そして、薬剤を利用して、各細胞に発現する受容体を選択的に興奮又は抑制する事ができれば、消化管の運動をその薬剤によって制御する事も可能になります。

現在私の研究により大腸に関してはかなり詳細に調べられつつありますが、まだまだ研究対象は沢山残っており、又、食道、胃、小腸、胆道等の臓器は手付かずの状態です。つまり、研究対象の宝庫という事になります。これからガシガシと、このテーマの研究を、マウス、豚、ヒトの組織、そして臨床研究を使って進めていこうと思っております。

 

更に詳細を知りたい方は、私のこれまでの論文を読んでいただくか、更にそのリファレンスを見ていただければ、より詳しく分かっていただけると思います。

こちらからどうぞ。→

https://scholar.google.com/citations?user=Lx-Z6ycAAAAJ&hl=en

 

2. 今後の研究テーマ

上記の研究テーマは今後も続けて行きますが、上記のテーマを研究中に消化管上皮下に新しい細胞群を発見しました。

その論文はこちら→

https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/ajpgi.00001.2013

Subepitherial PDGFRα+ cellsというもので、現在私が共著者で、この細胞の遺伝子発現に関する論文がrevise中になっており、来年にはアクセプトされると思います。消化管粘膜の研究はかなりホットで、既にこの細胞は多くの研究室で別の名前を付けられて研究されており、出遅れている感はありますがまだまだやれる事は沢山ありますので、研究費も取れると思っています。移動先の教室には、炎症性腸疾患の研究をされている研究者も複数いらっしゃいますので、上手くコラボできれば大きい研究費も夢ではないと考えています。今後はこの細胞の、消化管粘膜内での生理的、病理的役割について研究して行きたいと考えております。

 

 

以上、簡単に私のラボの研究の紹介をさせて頂きました。今後は、2021年4月よりUniversity of Iowa Division of Gastroenterology and Hepatologyに移動し、消化管の研究を続けて行きますので、何卒よろしくお願いいたします。次のエントリーでポスドクの募集要項を書かせて頂きます。